札幌地方裁判所 昭和38年(ヨ)288号 判決 1964年2月24日
申請人 羽山進 外一名
被申請人 札幌中央交通株式会社
主文
申請人らが、被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の申立てた裁判
申請人代理人は主文と同趣旨の判決を求め、
被申請人代理人は「申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、申請の理由
一、被申請人はタクシー業を営む会社であり、申請人羽山進は昭和三四年四月七日、申請人菊地巖は同三六年一〇月一日被申請会社に入社し、タクシー運転手として勤務していたが、被申請会社は同三八年九月三日同会社の従業員で組織し、申請人らも加入している札幌自動車交通労働組合中央交通支部(以下単に組合という)が申請人らを除名したことを理由として、申請人らに対し懲戒解雇する旨意思表示した。しかしながら右懲戒解雇はいずれも、単に申請人らが右組合から除名されたからといつてこれを受けるべき理由がないのになされたものであるから右の懲戒解雇は無効であり、申請人らは依然被申請会社の被傭者としての地位を有する。
二、しかるに右意思表示以後被申請会社は申請人らを同会社の被傭者と認めないので申請人らは被申請会社に対して右懲戒解雇無効確認の訴を提起するべく準備中であるが申請人らは被傭者として稼働し、賃金を受けなければ生活できないことは明らかであり、かつ右本案訴訟の終了を待つては回復することができない損害を被るので本件申請におよんだ。
三、申請人らは被申請会社の主張する懲戒解雇事由中右組合が昭和三八年八月三一日同会社に対し被申請会社主張の労働協約第五条により申請人らを懲戒解雇するよう要求したとの事実は認めるがその余の事実は否認すると答えた。
第三、被申請会社の主張
一、申請人主張の申請の理由一のうち懲戒解雇事由がないとの点は否認するがその余の事実は認める、申請の理由二のうち申請人らを被申請会社の被傭者と認めていない点は認めるがその余の事実は否認する、被申請会社は労働基準法第二〇条に定める解雇予告手当てとして申請人らの三〇日間の平均賃金を各供託してあり、加えて何時にも申請人らに失業保険金が給付されるようその手続きをとるから、申請人らは六カ月間相当の金額の給付を受け得、その間に再就職先を探し得るのであるから、申請人らの本件仮処分申請はその保全の必要性がないものである。
二、本件懲戒解雇の理由はつぎのとおりである。
(一) 昭和三八年八月三一日申請人らの加入する前記組合は、その執行委員会が同月二九日申請人らを除名すると決定したので被申請会社と組合との間に締結された労働協約第五条により被申請会社に対し申請人らを懲戒解雇するよう要求した。右労働協約第五条には「会社は組合が除名した従業員を組合の通告日より七日以内に解雇しなければならない」旨規定されているが右条項にいう「解雇」の中には通常の解雇のほか懲戒解雇も含まれているので、被申請会社は右労働協約第五条を適用して申請人らを懲戒解雇したのであるから右懲戒解雇は有効である。
(二) 申請人らにはいずれもつぎのような行為があり、右は被申請会社の定める就業規則第七条の四に規定する懲戒事由に該当するので、被申請会社は申請人らに対し前記の懲戒解雇をしたもので右懲戒解雇は有効である。
(1) 申請人らは昭和三八年七月二二日午前八時五〇分から一〇時まで藤田営業部長を脅迫して業務を拒否し、もつて就業規則第七条の四(以下単に同条という)(ク)、(ケ)に該当する行為をした。
(2) 申請人羽山は同年八月二四日午前八時五〇分から三〇分間、職場で喧嘩口論して業務命令に反抗し、もつて同条(ケ)に該当する行為をした。
(3) 申請人らは同年中約八カ月間にわたり始業前の点呼に反抗し、もつて同条(ク)に該当する行為をした。
(4) 申請人らは執行委員として同年六月一一日の被申請会社と組合間の団体交渉に臨んでいたが、右団交には本来執行委員である組合員のみが出席し得るものであるのに、右以外の組合員が職場を放棄して出席していたのを黙認し、もつて同条(ク)に該当する行為をした。
(5) 申請人らは、昭和三七年になされた前記組合の闘争期間中、被申請会社が保管すべき運転日報を留置してこれを同会に返還しないばかりか、右日報記載の金額を削つて書替え、その金員の使途を明らかにせず、もつて同条(オ)、(サ)に該当する行為をした。
第四証拠<省略>
理由
第一、被保全権利についての判断
一、被申請人札幌中央交通株式会社がタクシー業を営む会社であること、申請人羽山は昭和三四年四月七日、申請人菊地は同三六年一〇月一日被申請会社にそれぞれ入社し、タクシー運転手として勤務していたこと、被申請会社は同三八年九月三日同会社主張の組合が申請人らを除名したことを理由として申請人らに対し懲戒解雇をする旨意思表示したこと、および右意思表示以後被申請会社は申請人らを同会社の被傭者として認めていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで本件懲戒解雇の適否について判断する。
(一)(イ) 成立に争のない疎乙第三号証の一、二には、いずれも被申請会社の申請人両名に対する懲戒解雇通知として「申請人が昭和三八年八月三一日附で札幌自動車交通労働組合中央支部から除名され、同日附で懲戒解雇の要求があつたので、当社は、同年九月三日附をもつて懲戒解雇する。」という趣旨の記載がある。
(ロ) 次に、成立に争のない疎乙第一号証(労働協約書)によれば、被申請会社と右組合間の労働協約には、「会社の従業員は、組合員でなければならない。但し、労働組合法第二条第一、二、三、四の各号に該当するものはこの限りでない。」(第三条)、「会社は、組合を脱退したものまたは組合が除名した従業員を組合の通告日より七日以内に解雇しなければならない。」(第五条)と規定されており、これによれば、右協約により右両者間においていわゆるユニオン・ショップ制が設けられ、組合からの除名は、被申請会社について被除名者を解雇すべき義務を発生せしめるものであることが疎明される。
(ハ) 被申請会社は、右労働協約第五条にいわゆる解雇には、懲戒解雇も含まれると主張するが、懲戒解雇とは、企業内部の秩序、職場規律の維持、管理をはかるため設けられた私法的制裁であり、本件についてみれば、成立に争のない疎甲第二号証(就業規則)の第七条の四所定の各事由に該当する行為があつた場合、その者に対する制裁処分であり、労働者の団結権の擁護を目的とするユニオン・ショップ制による解雇とは制度の本質が異るといわなければならない。そうして、右労働協約第五条がユニオン・ショップ制による使用者の解雇義務を規定したものであることは、前記のとおりであり、これに懲戒解雇の場合が含まれるべきわけがないから、被申請人の上記主張は、失当である。成立に争のない疎乙第一六号証(被申請人代表者の審尋調書)、証人日南伊昌、藤田茂一の各証言中、右趣旨に反する供述は、採用するに足りないし、成立に争のない疎乙第三号証の一、二も右判定を妨げる疎明資料とするに足りない。
(ニ) 前記疎乙第一号証、証人藤田茂一の証言によれば、被申請会社は、労働者が組合から除名された場合、これを理由として懲戒解雇をなし得るとの見解を前提として前掲懲戒解雇の意思表示をしたことが疎明され、疎乙第三号証の一、二による各意思表示には右労働協約第五条による解雇の意思表示が包含されていないことが明らかである。そうして、前記(ハ)で述べたところによれば、労働者が組合から除名された場合、その除名の事実自体を理由として懲戒解雇をなしえないというべきであるから、本件懲戒解雇は、その理由を欠き無効のものといわなければならない。
(二) 被申請会社は、本件懲戒解雇は、申請人らの就業規則違反の事実に基いてなされたものでもあると主張する。しかし、懲戒解雇の意思表示には、その理由を附する必要がないとしても、右解雇権発生の理由たる事実を解雇の意思表示当時において認識し、これに基き懲戒解雇権を行使するという意思が存在することを要するというべきである。ところで、前掲疎乙第三号証の一、二には、いずれも就業規則違反の点については少しも触れられていず、疎乙第一六号証及び前掲各証言によつても右の点の意思の存在を一応認めるには足りず、その他にこの点の疎明はなく、かえつて、被申請人主張の就業規則違反の行為は、すべて申請人らが執行委員長としてした前記組合の争議中の行為にかかることが弁論の全趣旨により一応認められるところ、右疎乙第一六号証によれば、被申請会社代表者梅津は、右争議中の組合員の行為について責任を問わないとしたことが疎明される。従つて、被申請人の上記主張も理由がないことが明らかであるから、その余の点の判断を省略する。
(三) 以上のとおり被申請会社の、申請人らに本件懲戒解雇事由があるとの主張はいずれも失当であるから、本件懲戒解雇は無効といわねばならない。
第二、仮処分の必要性
被申請会社が、本件懲戒解雇の意思表示がなされた昭和三八年九月三日以降申請人らを同会社の被傭者として認めていないことは当事者間に争いがない。成立に争いのない疎甲第八、第九号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると申請人らは被申請会社でタクシー運転手として稼働してはじめて賃金を得、これにより生活を維持していたものであるが、本件懲戒解雇後生活に困窮するなどの財産的および精神的損害を被つており、右損害は被申請会社により供託された賃金および失業保険金を受取ることによつて到底回復され得ないものであるから本件申請は申請人主張のとおり権利保全の必要性があると疎明される。
第三、結論
よつて本件申請は理由があるからこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 間中彦次 大久保敏雄 柏木邦良)